「ハケンの品格 第7話」と「ドラマを見ないワケ」

 水曜日のネタをなんで今頃書いているんだってなもんですが(笑)。
 実際、3D(人間。特に日本人)が演じるドラマを見る事は滅多にないのですが、毎日朝方まで原型している影響で、最近、夕飯を食べ終えると、すぐに睡魔が襲ってきまして。で、そのままうたた寝をしていたのですが、ふと目を開けたら母上が見ていたのが、その「ハケンの品格」。そういえば雑誌とかにも紹介記事が載っていたなあと、ぼーっと眺めて(聞いて)、ざっと見………テーマは違えど、ショムニの首をすげかえて...ついでに人減らしただけのドラマっすね、下らなーい………とコタツに寝転がったまま流していたわけです。
 ところが、最後の方でヒロインの誕生日を祝うシーン*1があって、その時のヒロインの態度が最悪すぎ。おかげで目が覚めてしまいした。うえぇ、吐き気が。何この女。
 所詮、話は「派遣社員」の問題を元ネタに作成した「ありえない」物語で、それをへっぽこ役者達が一生懸命演じる、「恥ずかし学芸会」だと分かっているはずなのに、やっぱり見ていてヒクのですよねえ。いずれ過去話が出てきて「これこれこういうわけでこんな態度をとるようになっちゃったんだ」「だけど最後は少しだけ角が取れて、周りもs少しだけ仕事に対して真摯に向き合うようになりましたとさ、ちゃんちゃん」となりそうだ、ということぐらいは、別に本編見続けなくてもパターン的にわかっちゃいるのですが、それでも、こういう「善意を自覚のない悪意(ヒロインは社員として正しい事を言っていると信じているわけで)で返す」シーンには嫌悪を感じてしまうのですよ。到底見ていられません。このヒロインはやたら「資格」をもっているようだけど、先に「人格」を履修し直した方がいいよコレ、と思ってしまうのです。
 結局、私が大人のドラマを見ないのは、「いい大人がアニメを見て」という台詞がありますが、その逆です。「いい大人が『駄目な大人のドラマ』を見て何が得られるのか?」ということからなのです。
 物語というものは、起承転結を基本としたものならば、何かが「起」こって物語がスタートします。ですが、その「騒動を起こす人間そのもの」が、ドラマの場、すでに「アニメと同じくらい現実感が無い」のです。いや、あらゆるジャンルの「人間が演じる」ドラマ(刑事物とかね)を含めれば、正しくは「現実に存在してはならない大人」と表現する方が良いのでしょうか。
 昼夜絶えず流される「人の演じるドラマ」。これは、中学生日記などを除けば、どうやっても20才から後ろの人間が物語の中心です。なのに、そんな年齢の人間が騒動の中心だったりする。もうその時点で、アニキャラが「にゃ?」とか口走る以上に、マイジャスティスワールド内では、そんな連中「ありえません」。というか、
「20すぎた大人が騒動を起こすってどういうこと?そんなん沖縄や各地のの成人式で馬鹿やった連中と変わらんでしょや?もっと落ち着けよ。」
という「恥じ」の感情が先だってしまうため、そんな物語は到底見られたものではないのです。だから、ドラマを見る事ができないし、見ている人間の感情を理解できないのです。
 それに対して、アニメという物語は、人格形成期の若いキャラクターが話を動かすものです。それゆえ迷いもすれば間違いも犯しますが、「それは若いから」とそれなりに納得できるのです(だから、若いのに、あまりに悟りすぎているキャラクターがいると、違和感を感じたりするのでしょう(笑))。
 別に良いドラマが有る事を否定はしません。でも、限りある人生において、面白い物語に出会う確率を考えれば、ドラマを見る事に時間を費やす事は、無駄以外の何ものでもなく、その間に、本を読み、アニメを見る方が有意義な生き方なんじゃないかな、と思うのですよ。いかがでしょう(笑)?


 実際、現実に起こる事件、特に恋愛がらみの事件を起こす人達って、アニメを見ている人連じゃなくて、恋愛ドラマや刑事物を見ている人達の方が、よっぽど犯罪予備軍ではなかろうか、と思っていたりします。それは「アニメ・漫画」と「ドラマ」。現実との境界が薄い、そして踏み越えるのに容易い危険な媒体は、果たしてどちらなのか、という点でです。バスタードソードはバタフライナイフよりも手に入りやすい?光線銃はトカレフより手に入りやすい?考えるまでもない気がしますが、ドラマというのはこれらの小道具が平気で出てきて、使われたりするのですよねえ...。アニメと同じ架空の物語でありながら、生身の人間を使う事で、本当に成功しそうに思える殺害・死体処理、二股三股、浮気に不倫、これらの情報満載の番組が一週間垂れ流し。そしてそれを喜んで見る馬鹿大人が一杯のニポン国というわけで。怖いなあ(笑)。
 事件が起きて、自宅に漫画やアニメ、エロゲーを持っていた犯人が捕まるたびに、したり顔で「架空と現実を混同する人間が居る」と分析する評論家がいますが、それ以外のタイプの犯人が起こす事件の原因がドラマだった、という話は無いのでしょうか?*2

*1:これアニメぐらい現実感ないよねえ?アニメ見ないけどドラマ見る人って、こういうの平気でスルーっぽいけど、メイド喫茶同様、こんな風に現実に無い事を「現実の人間」を使って表現しているのがこっ恥ずかしすぎる、ってのもドラマを見ない理由の一つなんだけど。赤面ものだぜ全く。アニメでやれ、最初から

*2:なんかあった気がするんだけど...)まあ、1,3,4、6,8,10,12ch、etc、どの放送局のドラマを犯人はビデオで多く持っていたのか、などという分析は、局にとってデメリットですから、存在したとしても流れないのでしょうけど(そんな光で溢れた国じゃないよなあ、このニポンは)。  そんなわけで、結局「大人の人、社会を平和にするために、もっとアニメを見て童心に帰りましょう?」という身も蓋もない結論に私のココロは至ってしまうため、よほどのことが無い限り、ドラマを見る事はないのでした。  ....そっか、見ているこっちが恥ずかしいのは、演技が下手だからだとずっと思っていたけど、恥ずかしい大人が物語にたくさん出てきて恥ずかしいことをしまくるからだったんだ。やっと自分が理解できました。((で、こういった、性的嗜好とは別次元の「大人を否定し、その大人が構成する社会を否定する」潔癖さが、少年少女の物語に憧れ続ける魂を作ったのだろうなあ、たぶん。